~優れた技術力でグローバル市場に飛躍~
 
おじゃまします  ―協豊会 小林関西地区副会長に聞くー

  協豊会広報委員会は10月15日、関西ペイント㈱本社において、小林関西地区副会長
 (関西ペイント株式会社社長)にインタビューを行いました。

   関西ペイントさんは、塗料業界のリーディングカンパニーとして成長を続けられ、海外事業
  
においても優れた成果を収められています。経営信条として「利益と公正」を掲げておられ、
    沿革のお話から「環境と健康」をキーワードにした商品開発への取組み等についてお話を伺い
    ました。

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関西ペイントさんの会社概要と沿革についてお聞かせください。

   東京帝国大学応用化学科を卒業したケミスト玉水弘が、大正6年(1917年)に脱サラし起し
 た関西ペイント工業所が当社の前身です。彼は経営には疎く、たちまち資金繰りに窮したようです。
 一方、岩井商店(現双日)の創業者である岩井勝次郎は、英国から塗料を輸入していましたが、
 産業と文明の発達につれて、独自の技術開発力をもった塗料メーカーを立ち上げることが国民経
 済的な要請であると考えました。玉水の技術力と、岩井の資本力、経営力、販売力をもって19
 18年に新たに設立されたのが関西ペイント株式会社です。

   1914年に始まった第一次世界大戦により、わが国は当時未曾有の軍需景気に沸き立っていま
 したが、1917年の終戦と共に様相は一変。皮肉にも当社の設立は終戦の翌年で、景気はどん底
 にありました。一方この大戦中に塗料メーカーは既に乱立しており、先発各社が軍官需をはじめと
 する有力需要家を押さえていました。加えて、折からの生産過剰に業界各社が値引きによる販売量
 の維持に奔走する中で、後発である当社は創業と同時に極めて困難な経営を余儀なくさせられまし
 た。しかし、岩井は「独自の新製品を他社に先んじて開発し、品質で勝負」という経営方針を掲げ
 ました。

   それまで永らく塗料の主流であった油性塗料は植物油を原料とし、乾燥が遅いのが欠点とされて
 いました。そこで、当社の技術開発陣が目をつけたのが、爆薬の原料として使われ、終戦(第一次
 世界大戦)とともに供給過剰に陥っていたニトロセルロースです。これを原料として開発されたの
 が、国産初のラッカー「セルバ」です。この「セルバ」は、当時としては画期的な速乾性を有し、
 わが国自動車用塗料の先駆けとなった製品です。因みに、このニトロセルロースを当社に供給して
 くれたのが、同じく岩井勝次郎が1916年に設立したダイセル化学工業さんで、その工場は当社
 の工場に隣接していました。ダイセルさんとは、兄弟会社として今でも親しくさせて頂いています。

「セルバ」により当社の名前は一躍有名になりましたが、その後も次々と新製品を市場に送り出し
 「技術の関ペ」としての地歩を固めていきました。第二次大戦中、塗料は軍需産業と見なされ徹底
 した空襲に遭い、業界全体で戦災を免れた設備は約15%と言われるほど深刻な被害を受けました
 当社も多くの設備と人材を戦災で失いましたが、技術開発を核として戦後復興を成し遂げ、お陰様
 で今やわが国塗料業界の草分けである日本ペイントさんと並び業界のリーダーとしての一角を占め
 るに到りました。

◆企業体質強化のお取り組みについてお聞かせください。

  私は入社(1968年)以来、約30年間海外を担当しました。入社当時は、大阪販売部輸出課と
 いう組織でした。輸出と言っても、その頃にはまだ米国領土であった沖縄向けの販売がメインでし
 たので、実質的には国内営業で、しかも売上高では新潟営業所といつもブービーを争っていました。

   その後、80年代にアジアそしてインドへ進出し、90年代に中国へ進出。2000年代に入っ
 てから、蒔た種がようやく花を開き始めました。国内市場が伸び悩む中、当社の連結業績は海外事業
 の進展により、2002年度に経常利益が初めて100億円を突破。2005年度には200億円を
 超え、2007年に最高益である261億円を記録しました。
連結決算における海外の比率は売上高
 で約4 0%、営業利益で50%超になっています。当社は欧米市場には単独で進出せずに合弁
 (マイノリテイーシェア)で対応し、経営資源をアジア、新興国を中心に投入してきました。

 この間、色んなことがありましたが、とりわけ思い出深いのはインド進出を巡ってのトップとの
 意見対立でした。それは1986年のことですが、「政治リスク、経済リスク、何をとってもカン
 トリーリスクが高過ぎる」として断固「
NO!」を主張するトップと「成長市場への先行投資!」を
 主張する小生の意見が正面衝突しましたが、何とかトップを説得。この年、取り敢えず26%の株式
 取得で風穴をあけ、以後40%、60%、70%と出資比率を増やしてきました。本年の第1四半期
 決算では連結利益の約40%をインドが占め、非常に助かっています。リーマンショック後の世界同
 時不況下にあっても、何とか赤字転落を免れ、それなりの利益が計上できているのは、偏に新興国市
 場を中心とした海外事業に支えられてのものです。

 何れにせよ、ヤンチャで生意気な小生如きに、好き放題に仕事をやらせてくれた当社歴代トップの
 太っ腹には、敬意を表するとともに今でも感謝の念で一杯です。今、私の立場はガラリと変わりまし
 たが、社員が遣り甲斐をもって溌剌と仕事をする舞台を提供する事が最大の仕事と心得ております。
 仕事の執行は最も現場を知る者が。トップはその結果責任を。

◆「安全、品質、環境」などの取り組みについてお聞かせください。

  安全に関しては、どこの化学会社も皆さん同じですが、特に静電気による火災事故対策を重視して
 います。当社もパトロール隊が製造現場を回って、設備点検や安全診断を行っています。また、連絡
 体制の強化にも力を入れています。何かあれば、例えば誰かが転んでけがをしたというようなことも
 即日、私のところへ情報が入るようになっています。私は余り細かいことは言わない方ですが、安全
 にだけは徹底的に口を挟みます。

  品質は永遠のテーマです。とりわけ、グローバル品質の確立についてはいまだ道遠し、との認識で
 す。話題のインドを例にとれば、この子会社は80年もの歴史のある企業で、マネージメントは超一
 流です。勿論、品質についても、現地の同業他社に比べれば圧倒的優位にあると思っていますが、
 グローバル品質の視点では道半ばです。文化の違い、ジョブ・ホッピングの多さと言い訳は容易です
 が、ともかく現地、現物主義で愚直に、コツコツやっていくしかありません。

  当社は現在、「環境と健康」を大きなテーマに掲げて商品開発に取り組んでいます。例えば揮発成
 分を水へシフトさせたり、低温で硬化する塗料を開発したりしています。建築用塗料の分野でも、室
 内用漆喰塗料を開発しました。この塗料は、
CO2を吸収する、湿度をコントロールする、臭いを吸収
 する、インフルエンザウイルスの感染力を抑制するなど、居住空間の空気をきれいにし、人の健康を
 護る目的で開発された塗料です。
 

 また色彩による環境改善についても取り組んでいます。学校を温かみのある色にすることで時間が
 経つのを忘れさせるという効果を与え、教育環境の整備に貢献しています。こうした室内環境の色彩
 提案は、学校だけではなく病院や老人ホームなどでも非常に好評を得ております。私どもは、色彩が
 人の心理に与える影響についても研究し、心温まる空間の創造を目指し、塗料に新しい機能を付け加
 えていくことを目標にしています。

 ボディカラーについては、5年ぐらいで変遷しているように思えます。これまでは、白から
 シルバー、そして今はパールカラーが主流のようです。自動車メーカーさんとは、これからの時代
 を考え、こういう色 が良いのではとイメージを色で具現化するという研究を進めています。
色彩研
 究所では、各国の自動車の流行色を調査するために研究者を派遣し、それぞれの国で定点観測して実
 態把握に努め、将来のボディーカラーの提案に役立てています。国によって文化が違い、好まれる色
 も違うのです。 

  自動車塗料における環境への取り組みでは、水性塗料に力を入れています。私どもが開発した
 「水性3ウェットコート」は、塗装工程中の焼付乾燥工程をも削減が可能になります。即ち中塗り
 からベースコート、クリアコートに至る工程間での焼付乾燥工程を削減することが可能になりまし
 た。
その結果、水性に変更する事でVOCを低減、乾燥工程の削減によってエネルギーコストとCO2
 の削減に加え設備コストの低減と、非常に画期的な塗装システムです。

  新製品開発力、品質管理、技術サービス等技術の総合力では当社は世界でもNO.1だと自負して
 います。

◆関西地区副会長としての協豊会活動についてのお考えをお聞かせください。

  協豊会活動をしていますと、トヨタさんとの双方向コミュニケーションに加え、異業種のトップ
 の方々との交流ができて、非常に勉強になります。このような活動は、極めて希有な例だと思いま
 す。

  特に各社の社長さんが、ご自分の会社の現場やラインのことを良くご存じでいらっしゃるのは、
 すごいといつも感心しています。

◆健康管理、ご趣味、ご信条についてお聞かせください。

  健康に関しては、深酒を避けて、睡眠をよくとるように心掛けています。また、昼休みに本社近く
 の中之島公園を小一時間歩くぐらいです。

  趣味はこれと言ってないのですが、小学生の頃から大のホークスファンです。南海ホークス時代に
 は、残業の途中に球場に電話をして、ホークスのリードを確認してから、大阪球場へ駆けつけていま
 したが、着いてみたら逆転されていたなんてことがよくありましたね。会社をやめたら、福岡ドーム
 の隣に引っ越すかもしれません。野球に限らず、ラグビーやサッカー等のスポーツ観戦も好きです。
 最近は行っていませんが、学生時代には文楽などの古典芸能に凝っておりまして、同じ演目を2回見
 たりしていました。昔は、合気道をやっていましたが、今は超がつくぐらい下手ですが、ゴルフに楽
 しく参加させてもらっています。

  社長としての信条は、「利益と公正」です。社員に対しても、行動規範としてこの信条を繰り返し
 語っています。「利益」とは、深堀をすることで、付加価値の高い製品とサービスを生み出すという
 ことです。「公正」がコンプライアンスを意味することは言うまでもありませんが、社員に期待する
 のは、常に公的利益を私的利益に優先せよ、ということです。言うは易く行うは難しです。例えば、
 上司の顔色をみながら、自分が正しいと思う意見の開陳を躊躇するというのは、この「公正」に反し
 ます。

 私は、この「利益と公正」を会社のカルチャーとして、その歴史にしっかり刻み込んでいきたいと
 思っています。

本日はお忙しいところ、ありがとうございました


                            小林社長を囲んで・・
                  右から石塚広報委員長  (太平洋工業㈱取締役専務執行役員)
                      小林社長
                      山田広報副委員長 (住友ゴム工業㈱取締役常務執行役員)
                      鈴木事務局長
   協豊会タイム